それなんて観測選択効果?

三浦俊彦著「心理パラドクス」に、墜落ネコの死亡率という実話ネタがある。

ネコは、ビルの高層階から落ちても死なないことがある。アメリカで誰かが統計を取ったら、なんと高いところから落ちたネコほど、生存率が高いという結果が出た。「ネコにはそういう能力がある」という説明が、当初はされたのだが、あとで間違いだと判明した。

この誤解が生じた原因は、獣医に連れてこられたネコだけがサンプルだったからだ。高いところから落ちたネコは、死にそうだったら、あきらめて搬送されてこない。いっぽう低いところから落ちたネコは、重傷か死にそうなときだけしか連れてこられない。このように、観測したものに最初から偏りがあって間違った結論へ導くような働きを、観測選択効果という。わりと広い意味で遣われているようだ。

振り込め詐欺がよく報道されるから、よくあんなに騙される人がいるなぁと思う。しかし、詐欺をやってる連中からしたら、電話をかけてもかけても引っかからない日がほとんどではなかろうか。とんでもないレイプ犯とか、ひどい医者とか、ひどい教師とか、ひどい警察官とか、ひどいことを言う2ちゃんねらも、本当は非常に少ないはずだ(警官が銃で自殺、は異様に多い気がするけど)。マスコミでは、その時々の勢いで報道されまくるから、いったい増えているのやら減っているのやら、わからない。ちなみにひどい新聞記者(の書いた記事)は、その限りでない。ひどい場合だけ新聞に載るのではないからだ。

一時期、タミフルによる副作用でマンションから転落する子供が、よく報道された。憶えている人は少ないと思うが、その数ヶ月前には、子供の飛び降り自殺が続いた時期があった。そのころのニュースの中に、「風邪で学校を休んでいた子供が団地から落ちて死亡した」というのがあって(産経のiza!だったが、今は記事が削除されている)、明らかに自殺のつながりで報道されていた。タミフルのことはわからないが、どっちにしても報道する側の予断というものを見た気がした。タミフルという薬についても、その後の調査結果を見れば、明らかに事故の報道が「タミフルを使っていたケース」に偏っていたはずだ。だいたい、子供が高層マンションから落ちたっていうニュース自体が、あのころは過剰に報道されただろう。今の中国メラミンも、そうだ。こっちは是非調べてほしいけども。

もう一つ、タミフルが危険だと言われていたとき、代わりに「リレンザ」という薬を使おうという動きが報道されていた。だけどタミフルは、日本が買い占めていると言われたほど圧倒的によく使われていたので、副作用が見つかる率も遙かに高いはずだ。だからリレンザのほうが安全と言う医者がいたら、うちの子供は診せられない。よく売れるクルマほど問題が見つかりやすく、リコールは多くなるが、それだけ安全になっていく。これも、サンプリング上の差によって誤解が生まれる例だろう。

こうした統計上の落とし穴には十分注意して、おそらく学術論文は書かれている。だけど、論文として雑誌に載るには、複数のレフェリーから内容が妥当であると認められる必要がある。そして、なんとなく結果の予想がつくような研究だと(つまらないけど)、予想に反した結果なら論文が通りにくくて、受け入れやすい結果なら出版もされやすい。

こうして、出版によるバイアスというものがかかる。これも、論文を検索している者にとっては観測選択効果だ。ありきたりな結果の論文のほうが、だから、多くなるのだ。ゆめゆめ論文を一本だけ読んで判断するような間違いをしてはならない。私は、「いろいろやったけど、統計で差が出ませんでした」という研究だけを集めた雑誌を作ったらいいのではないかと、個人的に思う。そういう仕事は、おそらく埋もれがちだろう。要は、論文を調べたら科学的というわけでもないのだ。*1

*1:こうして書き並べてみると、世の中観測選択効果ばっかりではないかと思えてくるが、それは思い過ごしで、ただの観測選択効果だろう。